さて、いつも変わらず温かい心で参加してくださっているお二人に、心から感謝申し上げます。
前回、お二方とご相談させていただいた結果、「読書倶楽部」というネーミングを、今回より「哲学倶楽部」へと変更させていただくことになりました!
心の奥底にある真理を哲学する、深く温かいひとときを重ねていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
今回も、講師役の方がスライドも準備くださっていて本格的です。
『歎異抄』から、過去・現在・未来をつらぬく「因果の道理」、私たちを煩わせる「煩悩」という難病、そして無条件の「信心」のありかについて、詳しくお話しいただき、深く温かい時間を分かち合いました。
もし今、あなたが少し立ち止まっているなら、そっと読んでみてほしいです。
そんな想いを込めて、先日の学びの気づきを綴ります。
蒔いた種は、必ず生える真理
私たちが今経験している結果は、過去の自分が蒔いた「種」の現れだそうです。
因果の道理は、過去世から未来世まで三世を貫く不変の法則であり、未来に幸せを願うなら、今、この瞬間にどんな「種」を蒔くかが何より大切なのですね。
三歳の子どもでも知っている「悪いことをやめて、善を治める(廃悪修善)」という教えも、80歳の翁でさえ完璧に実行するのは難しい。
私たちは、悪だと知りながらも辞められない「人間的な闇」を抱えているのですね。
仏教では、口や行動よりも、心で思うこと(意)が最も重んじられます。
心に蒔く種を大切にしなければならないと改めて感じます。
治らない「難病」を抱えたわたしたち
この「知っているのにできない」という人間に共通する深い溝は、私たちが皆侵されている治らない「煩悩」という難病に起因します。
特に「欲・怒り・愚痴」の三毒の煩悩は、私たちを常に煩わせます。
特に「欲」は厄介で、お金や物があればあるで、もっともっとと限りなく膨らんでしまい、外側の財欲や物欲では、私たちの心は永遠に埋まらないのです。
真の幸せとは、その心そのものの満たされ方を知ることにあるのですね。
逃げ回る子犬を救う、無条件の温もり
煩悩だらけの私たちに、阿弥陀様は老いも若きも、善人も悪人も一切差別なく救うという「無条件の救い」を約束してくださっています。
私たちは、自分を助けようとする救助員(阿弥陀様)を恐れて逃げ回る子犬のようなもの。それでも救助員は忍耐強く追いかけ、捕まえて離さない(摂取不捨)という絶対の幸せを与えてくださいます。
このような深き教えに心を惹かれるのは、私たちが「仏縁が深い」からなのかもしれないと感じました。
心の羅針盤を信じる
この教えが示すのは、本当の幸せの鍵は、「心で思っていること」と「口から出す言葉」「行動」が一致していること、そして良い種を蒔くように心を整えることです。
逃げ回るばかりだった子犬のわたしにも、そっと寄り添ってくれる大きな温もりが、この教えにはあるのだと感じています。
わかりやすい解説をしていただきとっても感謝しています。
やっぱり日本人に生まれてよかったなぁと思いました。仏教の教え大事ですね。
来月は4回シリーズのいよいよ最終回。
「治る難病」のお話をしていただいて、歎異抄の全体像について掘り下げていく予定です。
また次回も楽しみです。ありがとうございました。



